2008年2月25日月曜日

適正人口3:日本の人口爆発


適正人口3:日本の人口爆発
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 「国土審議会」の「静止人口について」という資料を見てみましょう。
 2005年のものでグラフ構成でわかりやすいです。
 そのグラフを解説してみます。

★ 「静止人口」について(資料1)
☆ http://www.mlit.go.jp/singikai/kokudosin/keikaku/lifestyle/3/shiryou3-2.pdf

 中国は2030年頃ピークを迎え、その人口は「14億5000万人」ほどである。
 その後減り始め、2050年には「14億人」を切るという。
 つまり、人口減少が発生しうる、頭打ちになる、ということである。
 インドはひたすら右上がりで膨張し続ける。
 2000年に「10億人」の人口が、2050年には「16億人」に達する。
 2030年で中国とインドは同数となるが、その後は中国は減少し、インドは拡大を続けるという。
 よって以後、世界で最も人口の大きい国はインドになる。

 世界で3番目に大きな人口を持つ国はアメリカである。
 今は「3億人」だが、2050年には「4億人」となる。
 アメリカが騒がれないのは、人口に対する国土の広さによって人口密度が小さいからである。
 2050年に4億人にあってもその密度は日本の1/6に過ぎない。

 ちなみに、今、インドは中国の2.3倍の人口密度であるが、これが2050年には3.3倍になる。

 ヨーロッパを見てみる。
 イギリスは2010年に「6,050万人」、これが2050年では「6,710万人」と10%ほど増加する。
 フランスは2010年に「6,150万人」、これが2050年では「6,310万人」とほぼ変わらない。
 ドイツは2010年に 「8,270万人」、これが2050年では「7,880万人」と5%ほど減少する。
 イタリアは2010年に「5,820万人」、これが2050年では「5,090万人」と15%ほど減少する。
 イタリアの人口減少は15%と大きいが、他の3国は±10%ほどの範囲の中で、増加する国、減少する国、横ばいの国という形になっている。

 そして日本だが、2050年にはほぼ「1億人」になっているという。
 このときの人口密度でイギリスとほぼ同じとなり、ドイツより2割ほど多くなる。
 フランスは国土が大きいので遠く及ばない。
 さらに2070年には「8,250万人」で今のドイツと同じほどになり、2100年にはフランスなみの「6,400万人」になるという。
 ちなみに、現在の日本は驚かれるかもしれないが、「インドとほぼ同じ人口密度」です。
 シンガポールとかモナコといったような都市国家を除けば、最貧国のバングラデッシュが1位、2位が韓国で、3位、4位をインドと日本が争っていることになります。
 そのインドとは中国の2.3倍の人口密度を持つ国なのです。

 これで、日本の人口のイメージがつかめたと思う。
 つまり、簡単にいうと狭い国土に、「とてつもない人口」を抱え込んでいる国家ということになる。


 載せられている有識者の意見を2,3見てみよう。

梅棹忠夫:国立民族学博物館顧問
 日本の人口の適切な規模は、「1億人」前後ではないかと思います。
 そのくらいまでなら人口が減少することもかまわないと思います。
 外国人の移民を受け入れることについてですが、日本では当面考える必要はないと思います。
 むしろ、日本からオーストラリアやカナダといった移民を受け入れている国に出て行っても良いくらいだと考えます。

神田玲子:総合研究開発機構総括主任研究員
 出生率が2015年までに「1.6」となり、その後2050年に「人口置換水準」である「2.07」まで回復すると、人口を長期的に「9千万人」で安定させることができる。
 こうした姿を実現させるための戦略的な取り組みが求められている。

寺島実郎:(財)日本総合研究所理事長
 2050年には1億人を割るといわれているが、余程のことがないかぎりこの予想は当たってしまうであろう。
 私見だが、「1億人」程度で「静止人口」にする努力をはじめないと、日本の民族は急速に衰亡のサイクルに入っていくのではないだろうか。

森本哲朗:評論家
 日本の人口、1億2000万人以上が仮に半分になったとしても、6,000万人いるわけです。
 日本の国土規模を考えても、西欧の国々と比較して、6,000万人ならひけをとらない。
 広い視野を持って見ると、いくら「人為的に干渉」してみたところでどうにもならない一つのエコロジカルなシステムがあるのです。
 すでに若い人たちは、本能的にそれを感じとって、選択していっているのでしょう。
 人口は増えないと思いますよ。

 なを、各年次の「日本の人口ピラミッドの変化」もグラフで載っていますので、年齢別構造の変化が視覚的に理解できてすこぶる参考になります。


 次に「参議院」の「立法と調査 2007.9」の「我が国の人口減少はいつまで続くのか」を見てみたいと思います。
 これは[PDF]でちょっと読みにくいですので、一部を抜粋し、構成を変えタイピングしながら見ていきます。

★ 我が国の人口減少はいつまで続くのか(資料2)
☆ http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/kounyu/20070907/20070907087.pdf

 国立社会保障人口問題研究会が平成18年12月(2006年)に公表した「日本の将来推定人口」によると、我が国の総人口は平成17年(2005)の「1億2777万人」から、平成67年(2055)には中位推計で「8,993万人」に減少する。
 人口が1億人を突破したのは昭和41年(1967)年のことであり、8,993万人というのは昭和30年(1955)の人口規模とほぼ等しく、2055年時点での人口規模は100年前の1955年の水準に戻したことになる。

 さらに、中位推計において2055年の「合計特殊出生率:TFR(以降:出生率)」は「1.26」と仮定されているが、以後この率が変わらないとすると、2105年の総人口は「4,459万人」まで減少する。
 明治34年(1901)の人口は「4,436万人」であるから、22世紀初頭の人口規模は20世紀初頭の水準まで縮小することになる。


 ということは、今は左右50年の裾野を持つ、人口カーブのほぼピークにいることになる。
 つまり、失われた10年とは、人口ウエーブの真ん中に当たっている、ということになる。


 出生率の性格上、出生率に目標値を設けることはなじまないといえるが、その一方で出生率が「人口置換水準:2.07」を下回り続ければ、人口減少は続くことになる。

 現在の我が国の人口は過剰であり、ある程度の人口減少は望ましいとの議論もあるが、長期的な際限のない人口減少が続き、人口がゼロに近づいていくことは、社会の存続にとって好ましいことではない。

 したがって、

①.出生率は人口置換水準まで回復し、結果的に人口減少は止まるのか、
②.その時点での総人口の規模はどの程度か、
③.我が国の「適正人口規模」はどの程度か

という議論が必要となる。


 過去のデータを見てみましょう。


 今世紀前半を通じて日本の人口は減少を続けていく見通しであり、いつ人口が下げ止まるのかについても、現状では見通しがたっていないが、そもそも我が国の「適正人口規模」はどの程度なのであろうか。

 現時点ではこれについては定説はないのが現状と言えるが、ここでは考えるための一助として、過去2世紀の人口規模を、フランス、ドイツ、英国(イングランド・ウエールズ)と比較してみることにする。

<略>

 過去2世紀の日仏独英の人口推移をまとめると表のようになる。
 明治初期の1872年の日本とフランスはほぼ同じであり、ドイツをやや下回る程度であった。
 その後、日本の人口は1945年までに2倍以上の急増を示す。
 戦後も1970年までは高い伸びを示している。

 1872年から1990年までの各国の人口増加率を見ると、日本「3.55倍」、フランス「1.57倍」、ドイツ「1.93倍」、英国「2.20倍」であり、日本が他の先進国と較べて著しい人口増を示しきたことがわかる。
 日本の場合、人口増加の規模は欧州先進各国に増して大きかったといえる。

 現在の日本の「少子化」と「人口減少」には、過去1世紀余にわたる人口急増と都市部等への集中が、急速かつ大規模に発生したことに対する反動という側面があるのではないだろうか。

 将来の「人口下げ止まり」と「適正人口規模」を考えるさいの一つの目安として、かって日本と人口規模が同じ程度であった「欧州先進国」程度(6,000万人から8,000万人)を考慮する必要があるのではないだろうか。


 つまり、この一世紀に日本では世界に先駆けて人口爆発が起こった。
 今、そのゆり戻し、あるいは沈静化が来ており、それが少子化ということのようである。

 人口爆発の対極として人口減少が進行している。
 これは分かった。ではどこまで、人口減少は進んでいくのだろうか。


 どのような規模であれ、日本の人口が一定規模で「安定する」ためには、その前提として「出生率が人口置換水準を回復」しなければならない。


 資料ではここから人口推計システムその他を用いて試算しているが、誰かに説明してもらわないと文章だけでは、ひじょうに分かりづらい。
 「エイヤー」で間違いを承知で簡単にまとめてみる(詳細を知りたい方はホームページを見てください)。

 出生率は2000年の「1.36」を採用する。
 人口置換率水準「2.07」をどの時点で採用するかで分かれるようである。

1.「2050年」に出生率が人口置換水準に回復していくケース
2.「2100年」に出生率が人口置換水準に回復していくケース
3.「2150年」に出生率が人口置換水準に回復していくケース
4.「2040年」に出生率が「1.75」に回復していくケース

 このいずれであっても、2050年の人口は、9500万人少々から1億人少々の中に収まる。
 そして、1億人を大きく超えるケースは諸般を検討してみると、可能性が低いと見積もられている。


 今世紀前半を通し、人口減少は続く見通しであり、1億人を割り込み、今世紀末までには少なくとも現在の欧州先進国なみにまで減少していく可能性が高い。

 今世紀予想される人口減は深刻であるが、過去2世紀の日本の人口増加が急激であったことも事実である。
超長期的にり、一本調子に減少し、限りなくゼロに近づいていくという見方もまた極論であり、一定のレベルで下げ止る可能性も考えられる。


 とすると2100年の日本の人口は、2050年のドイツの約「8000万人」、イギリスの約「7000万人」というのが、とりあえずの目安となる。人口ジャスト半減ならフランスの約「6400万人」になる。

 では何故、欧州先進国にあっては人口の増加減少の幅が狭く、安定しているのか。
 この理由については前に書いたことがある。
 欧州先進国の主食はパンではない、「肉」であることにある。

 肉とは牛である。
 牛の数はその放牧地の有無に左右される。
 牧草地というものは「稲作の北限」が海峡を渡るようには増えない。
 牛は動物である。
 さほど適応力はない。

 「人口数」とは「牛頭数」の従属変数なのある。
 よって、絶対に「人口爆発が発生しない食糧構造システム」を持っている。
 それゆえに、人口が安定している。
 また、肉に依存しているかぎり、そのカロリー依存率は国内生産80%の高率に維持したいと思うのは当然である。
 もし肉を輸入に依存して、それが絶えたらというのは恐怖に近い。
 牛が動物であるかぎり、その飼育はすぐに対応できるものではない。

 ところが、日本は米が主食である。
 稲は植物である。
 環境適応種を作り出すに研究の進歩によって急激な増産が可能であった。
 それゆえに、人口爆発が発生しえた。
 米は日本でなくても生産できる。
 日本産「コシヒカリ」でなければ食わない、といって餓死する人はいない。
 米は牛と比べて、差の少ない汎用の食糧なのである。
 保存食にもなりうるし、牛より臨機応変の効く食糧なのである。

 では、日本がとりうる今後のシナリオを見てみよう。


 人口の半減、ないしそれに近い水準にまでへの減少は、人口1億人の水準になれた現在から見ると衝撃的な事態に見えるが、それでも現在の欧州主要先進国なみの規模にあるともいえる。

 日本の「適正人口規模」については、日本の「自画像」をどのようにイメージするかという問題にかかっわている。

①.人口1億人規模の「経済大国」である現状を将来においても目指す
②.「中規模先進国」として自らを規定する
③.北欧諸国のように「小規模先進国」として、国民一人当たりの所得の高さを目指す


①.については、出生率の回復状態からみて、実現困難であろう。
③.については、確かに経済規模より質を重視する観点は重要だが、同時に我が国が「主要先進国」の中から姿を消すというような事態を、一部の国民は了解しても、一般の多くの国民は望んでいないであろう。
 民族的プライドをすててまで、個人の豊かさだけを求めるという思想は、日本人の思想にはそぐわないであろうと思われる。
とすると残るは、②.の欧州主要国なみの「主要国・中規模国家」の経済維持を目指すべきである、ということになる。

 よって、このレポートの「結論」はこうなっています。

 今世紀末に、「欧州主要先進国なみの水準で人口が安定する」というのが、望ましいシナリオではないだろうか。



 現在の1億2800万人がこの40年間ほどで1億人に減るということは「22%」の減少になる。
 単純にいうと、今の5人が4人になる、ということになる。近所周りを見渡してみると、相当に透いていることになるだろうと思われる。
 2050年に1億人からの減少を、その時代の国民がどう受け止めるかであろう。
 「過密が過密を呼ぶ」ように、「透きは透きを呼ぶ」ことになるでしょう。
 とすると、「まだ、多いよ」となれば、次の50年間で同じ22%減を実行すると「7800万人」になる。
 「少し、多いかな」となれば、次の50年間でその半分ほどの11%減を実行すると「8900万人」になる。

 先の「静止人口」では、識者の多くが「9000万人から1億人」あたりではなかろうか、といった意見が多いようですので、現時点での目安としては下限の「9000万人」くらいが静止人口となりうるのではなかろうかと見込んでおくのが無難なようです。
 それは、今の人口の7割くらいになる、ということです。
 回りを見て10人いるべきところが、7人になっている、そんな感じですね。
 それを多いと思うか、少ないと思うか、その環境になってみないと分からない、というのが正解でしょう。

 この数値を決めるのは、現在生存中の国民ではなく、将来に生まれてくる国民であり、我々は彼らを拘束できるなんらの手段ももたないということをわきまえておかねばならないでしょう。


 世界人口が爆発するまえに、そのテストケースとして日本人口が爆発した。
 そして今、急激に縮みつつある。
 世界人口は「突発的破局」を迎えるのか、その破局を迎えることなく、自らの手で日本と同じような「縮みのプロセス」をたどっていくのだろうか。


 最後にお隣の韓国を見てみましょう。

 先の国土審議会の「静止人口について」の最終ページに「世界人口に関する記事」というのが載っています。これをタイピングしてみます。

 少子化・高齢化で「2020年」には労働力不足
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 2005年3月1日:「朝鮮日報ホームページ」より

 2005年現在の4,800万人程度が韓国の適正人口水準であるという研究結果がまとまった。

 しかし、このような規模の人口を維持しても、2020年頃には老人人口が急増し、「労働力不足」に直面するなど、人口の質は大きく低下するという憂慮も声が上がっている。
 韓国人口学会は、保険福祉部の依頼で昨年10月から行ってきた「韓国適正人口推計研究」の結果を3月1日、発表した。

 この研究によると、経済・福祉・環境の面をすべて考慮した韓国の「適正人口成長率」は「-0.5%~+0.5%」、「適正人口規模」は「4,500万人~5,100万人」となった。

 すなわち、韓国の社会や環境を勘案すると、現在の人口から「±250万人」を維持するのが適正規模だということだ。
 しかし、人口専門家らは「2003年現在、1.19で史上最低となっている出産率を最大限引き上げるとしても、妊娠可能な女性が大きく足りない。
 このままだと、老人人口の増加と労働力の不足によって、10年以内に韓国の経済構造が崩壊してしまう」と警告した。

 統計庁によれば現在、韓国では15歳~64歳の労働人口8人が65歳以上の老人1人を扶養している。ところが2050年には「労働人口:1.4人」が「老人1人」を扶養しなければならない。
 人口学会の関係者は「低出産国家である英国、フランス、ドイツなどの場合、総人口に占める老人人口の割合が15%~17%の時、経済的・社会的に最も安定していた。韓国もそのような構造が望ましい」と指摘した。
 「老人人口比率:15%~17%」は、韓国では2010年~2020年に到達するとみられる。

 これに関連して、保健社会研究院の社会政策研究室長は「現在のところでは、若い人材を海外からもらってくる以外対策はない。
 人口対策がない限り、韓国は2050年までに世界の高齢国家になるだろう」と述べた。
 福祉部は「今回の研究は急激な少子化と高齢化の対策づくりのための基礎資料だ。
 適正人口規模を維持しながら、労働人口を確保するために、社会全般のコンセンサスと努力が求められる」とした。
 韓国人口学会は本年4月末、「北朝鮮人口推計研究」の結果を総合した「韓半島適正人口」をまとめる予定である。


 韓国は先日、5,000万人を超えました。
 日本は韓国の2.5倍ほどの国土をもっており、そこでの1億2800万人に対して大半の人が多いと感じているのに対して、最貧国のバングラデシュの次に人口密度が多い韓国では、それが適正人口であるとしているのは、何とも解せないことです。

 韓国人特有の心理である「背伸び現象」とも思われるのですが。
 しかし、その適正人口もそろそろ上限に近づきつつあります。

 日本の政府機関は「適正人口規模」という言葉は使っても、決して「適正人口」という表現を使いません。
 それは国家管理された国民といった負のイメージを喚起させてしまうためです。
 「生めよ増やせよ」というスローガンで、最終的に国家侵略の道具にされ、結果として敗戦という苦い経験が国民に根強いためだと思われます。
 子どもを作るか作らないかは「個人の問題」であって、「国家が介入すべきではない」というのが一般論です。

 韓国はおそらく「5,100万人」辺りが上限人口で、そこから日本と同じように減少期に入っていくのではないでしょうか。
 それが2015年頃になるのではないでしょうか。
 この資料の推定では「2050年:4,460万人」としていますが、これは韓国でいうところの適正人口のほぼ下限にあたります。
 しかし、2065年あたりで「4,000万人」くらいになることもありえます。

 もしそうなると、静止人口は「3,600万人」くらいが見込まれますが、ここまで落ちると国力が急激に減退する懸念が生じてきますので、おそらく「4,000万人前後」あたりが下げ止まりになり、静止人口は適正人口の下限を大きく下回るのではないかと想像されます。
 これは試料として日本をモデルケースにした場合の比較です。


 なを、適正人口に関して「労働力不足」というのが、説得力ある論理のように聞こえますが、これはほとんど問題になりません。
 現代にあって、「労働力不足を人間力で補う」というのは、検討に値するテーマではありません。
 そのために、科学の進歩があり、技術の発展があるわけで、人の持つ2本の腕と2本の足をして労働量を測ろうというは、100馬力の車が買えないから、100頭の馬を持ってこないといけないといったレベルの発想によるものと同じになります。
 日本では、そのところの認識は浸透しているようで、「人間がいないなら機械にやらせればいい。そのための機械である。でなければ機械の意味がない」ということでロボットをはじめとする、人間力の様々な形での置き換えが研究され実行されています。

 「労働力不足」というのは「心配する必要のないもの」と言い切っていいと思います。
 「大きな労働力と大きな資本で、多大の製品を作り出す」という「インフレ経済」に対して、世界で始めてのこととして、日本が突入した新経済の「デフレ経済」とは、「僅かの労働力で多大の製品を作り出す」環境が整っていることをベースにしたものであり、問題はそれによって発生した「余った労働力」をどうするか、というのがテーマになってきます。

 失業者にしてしまうのか、パート・季節労働者にしてしまうか、ニートにしてしまうか、引きこもりにしてしまうか、要は余った労働力に「いかに仕事を与えるか」、それが政治のメインテーマとなってくるように思えます。

 余った労働力にいかにして職を与えて「消費力」に転化させるか。
 「労働力不足」より「購買力不足」の方が深刻な問題になってきます。
 「生産力」より「消費力」の方が経済を規定していくことになります。



 <おわり>




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